Palabra

日々「言葉」をひろっています

三日月

ひっかけたら
すぱんと切れそうな三日月が
水面にどっかり横向きにすわっている
衣紋掛をぶら下げておきたくなるような
スマートな服など持ちあわせていない
退屈男がよこ顔をみつめている
あんなに鋭い鎌で
すぱすぱ刈っていったなら
そこそこには出世できていたのかと
ちょっぴり向こう傷が気になりなりながら
夜の釣り堀で
落着き払った三日月に
黙って糸を垂れている

(じ151017)

三日月

「三日月」は、朔を1日とする陰暦で、3日にあたる夜の月。円弧状の細い範囲が輝いているので、眉月(びげつ)、蛾眉(がび)、繊月(せんげつ)とも、2日までの月はほとんど見えないので新月、初月と呼ばれることもあります。

右へとび
左へとんで
翼ひろげるふりをして
逃げまわっている
挑んでみせるふりをして
じゃれついている
そんなに翼
ひろげなくても
いつもより
1ミリのばして
とんでみて
それがいいとか
わるいとか
好きだ嫌いだ
なんだとかっ
てのはずっと
あとのまつり

手をのばさなくても
つかめるもの
じゃあないものを
ちょっぴり
手をのばして
もとめていたら

(じ150926)

翼

「翼」は、飛行のために変形した脊椎動物の前肢。翼の形は鳥によって異なりますが、翼の骨は他の脊椎動物の前肢と同様、上膊(じようはく)骨、橈骨(とうこつ)、尺骨、腕骨、掌骨、指骨から成っているそうです。

ドラム缶

やっているどこかで
ぷつんと切れる
それだけのこと
嬉しくても悲しくても
やることあっても無くても
問答無用でいつか
ぷつんと切れる
それだけのこと
たれのように生きられる
わけでなく
たれのように生きたい
わけでもなくて
いつまでともなく
いつしかはじまったことを
繰り返すしかなく
悔いても諦めきれなくても
ぷつんときれるまで
いくしかなくて
救いきれる
言葉あるわけもなし

それにしてもきょうの雲
ドラム缶みたいに無骨に嵩張って
夕空の一角に納まっている

(じ150822)

ドラム缶

最も一般的な「ドラム缶」は容量は200リットル、直径が0.6m、高さ0.9mほど。ふつう、円筒部の中間に輪帯と呼ばれる2本の出っ張りがあり、構造的な補強の役割を担うとともに、転がして運搬するときの車輪役を果たすようになっているとか。

ペンキ

元気がいいはずの未来烏たちよ
いまからそんなに染まっちゃって
なんていうのは もう止して
晴れ晴れ好きでつづけてる
懲りないというか
執念というか
いえば恰好いいんだけれど
ただ染まりきった烏に
同じ色のペンキを塗りたくって
余計なお世話!いつまでやってんだと
煙たがられて

(じ150920)

ペンキ

ペンキ(塗料)の主成分は、塗料に流動性を与える成分のビヒクル(展色料)と、顔料成分からなります。その歴史は、スペイン・アルタミラの洞窟画など2万年前の石器時代にまでさかのぼります。当時の顔料は、黄土のような粘土で、ビヒクルには水、卵、ゼラチンなどが用いられそうです。

途上

まだ旅の途上にいる
なにも見ていない
風も嵐も
さして
吹いてはいない

犬ころを連れて
サンダル履きで家を出て
まださしたる呻き声も
歓声も聞くことなく
言葉を見出すこともできず
旅の途上にいる

土砂崩れ警報が出た
ところもあるそうだけど
さしたる風雨も受けず鍾乳洞を
さ迷っている

遺伝子のゲノム解読が
すべて済んでしまったというのに
まだ鯨のお腹の中にいて夢心地
途上にある

(じ150917)

C1A9401
*「http://www.luissanmiguel.com/parada-en-el-camino/」から

世界銀行の分類では、世界209カ国(人口3万人以上)のうち、149カ国の低・中所得国が発展「途上」国に当てはまるのだとか。というわけではありませんが、貧乏にあえぐ私を含めて、世界の大半の人たちは「途上」を模索しているのでしょう。

工場の灯

闇の中をとぼとぼ歩くのは
けっこう気楽なものだ
つま先の少し先はもう
見えないのだから
たしかに不安は不安
なのだけれどエイヤッと
周りを気にせず
いっぽいっぽと
踏み出していける
ひとを気にせず
自分だけを拠り所に
ちょっとだけど
前へすすめる
さしたる望みは抱かぬが
遠くに何ということもなく
足がかりの灯はともっている
働かない工場のしるしだけの灯

(じ151031)

アークライト

「工場」は産業革命の産物。初めて近代的な工場が出来たのは、18世紀のイギリス。1769年にリチャード・アークライトが発明した水力を使った紡績機は高速で強い糸を紡ぐことが出来ましたが、利用するには水車の近くに工場=写真、wiki=が必要となりました。

川中島

食らう凄みで
川にらむ
食らわれたしかめ面で
川に待つ
軍馬なき戦場に
風が立っている
山が構えている
稲穂なき枯野
揺すり揺すられ
薄の吐息
粛粛と淡淡と
濃緑の川面を
過ぎてゆく霧
おせば引き
ひけば押し

(じ151001)

川中島

川中島=写真=は、長野市南部、千曲川と犀川との合流する三角州にあります。合戦当時は両河川の河川敷や原野でしたが、いまは水田やリンゴ畑が広がっています。

狼煙

煙が上がっている
どこから
現れたのか
そのとき
何がおこった
というのか
なにか知らせる
狼煙
百年つづく山焼きの
残り火だろうか
海のただなか
いまだに消えぬ船火災の
残渣
いいやそろそろと
山の裏から出だした
最期のお告げ

(じ150803)

狼煙

発煙、発火により遠方から合図を送る「狼煙」(のろし)=写真、wiki。文字通り、北方の遊牧民や狩猟民はオオカミの糞をたいてのろしにしたそうで、狼煙・狼火は風が吹いてもまっすぐに上がるのだとか。

諦め

たとえあなたがあなたを
しんじられなくなったって
あなたをしんじつづけている
ひとたちがいるってしってますか
それはあなたのおかあさんおとうさん
あなたのともだちやせんせいたち
いいえわたしだってそうなんです

そんなにかんたんにあきらめちゃって
いいんですか

(じ151208)

renuncia

「諦め」とは「つまびらかにする」「明らかにする」というのが本来の意味で、そこでは、ものごとの道理をわきまえることで自分の望みが達せられない理由が明らかになり、納得して断念する、というプロセスをたどるのだそうです。

*写真は、https://www.zonajobs.com.ar/noticias/grandes-consejos/motivos-para-renunciar-al-empleo/

アルペジオ

大波が寄せてきて
なにも打たずに
なにも聞かずに
ごっそりと
なにもかもを
さらっていった
むなしい潮騒
チェンバロが
同じオタマジャクシを
打ち続けている
ギターが
アルペジオを繰り返している

(じ150919)

アルペジオ

「アルペジオ」(イタリア語のArpeggio)は、和音の各音を同時に弾くのではなく、ギターなどで、下から上、または上から下へ順次に演奏する方法。ハープ(アルパ)のように鳴らすところからきた言葉のようです。

牛蒡

むかってくる
キョウキとなってむかってくる
むかってゆく
キョウキになってむかってゆく
ひこうきもくるまも
なまみのからだも
ヒトはいつから
そんなん
になってしまったのか
ヒトは土根になるための
いっぽんの牛蒡
でしかなかったんでは
なかったのか

(じ151016)

牛蒡

「牛蒡」(ゴボウ)は、千数百年前、薬草として中国から伝来したと考えられ、漢語の「牛蒡」が語源。食用にしているのは韓国と日本だけといわれる個性的な野菜です。

書簡

手紙を書いて割り切って
手紙を書いて生きていた
手紙を書いて明日になり
手紙を書いて何とか歩く
手紙を書いてハラを決め
手紙を書いてしめくくる
手紙を書いてさようなら
手紙を書いて逝っちゃった

(じ151203)

手紙

文字による通信伝達の手段としては、むかしは薄い細長い木の板に筆で文字を記した木簡を用いました。平安期になると、紙すきがさかんになり、都の貴族の間では木の板に代わって和紙を使った「書簡」が主流になっていきました。

SP

摩耗した
かろうじての振幅の溝に
針を落とす
まだ回っていたのだ
12インチ
毎分78回転の
SPレコード
ばち ばち
引っ掛け 引っ掛かり
幻のマタイ受難曲を
またいでゆく
飛んで 跳ねて
擦り切れるまで
擦り切れるため
生と
回りつづける

(じ150816)

sp

「SPレコード」のSPは、standard playing(標準演奏)の略。シェラックを主材とするレコードで毎分78回転。直径30cmのもので演奏時間は片面約5分でした。国内の生産は1970(昭和45)年ころで終了しています。

辻褄

おそらくそれが
bestだよと
歩いてきたはずの
アスファルトの断片が
ばらばらになって
あっちにくっつき今度は
こっちと結ぼれて
辻褄あわせに
あくせくと
いかにもと

そういえばどっかから
欠かせぬ道連れが
居てたんだよな

(じ151116)

裾

「辻」は裁縫で縫い目が十文字に合うところ、「褄」は着物の裾の左右を指します。いずれも合うべき部分をさすことから、前後一貫したものごとの筋道のことを「辻褄」というのだそうです。

孤高

孤高の桜が
散らす
花びらを浴びる
タッチの差で最後の夢
消えたレジェンド
晴れた童顔
独り怖れず
散るに惑わず

(じ160411)

孤高

〈「孤高」と自らを号しているものには注意をしなければならぬ。 第一、それは、キザである。〉(太宰治「徒党について」)

繭の雲

あれがぎざぎざ妙義山
安達太良山はどっちのほうか
おむすび山に繭の雲
おむすび山に繭降りる
繭に包まれ蛹になって
繭を破って抜け出して
突き破られて抜け殻の
おむすび山に繭の雲
隧道トラック抜けてゆく
虫の音ばかりの道

(じ151008)

mayu

生糸は、蚕の「繭」を構成する繊維を4~11本引きそろえてできます。日本種の繭は俵形で、白または黄色。繭1粒の重さは原種で 1.5~1.8g、交雑種で 2.0~2.5g。生糸になるのは繭重の 15~20%程度だそうです。

犀川

犀の川を渡ってゆく
 いつものように
 ちょっとした用事で
犀の川を渡ってゆく
 いつものように一歩二歩
 リハビリの老人とすれ違い
犀の川を渡ってゆく
 いつものように戻っても
 繰り返すだけのことだから
犀の川を渡ってゆく
 いつものように頸垂れる
 芒の群れに見送られ
犀の川を渡ってゆく
 いつものように問答無用に
 ときは行ってしまうから
犀の川を渡ってゆく
 いつものように
 ぶらり ぶらりと

(じ150824)

犀川

「犀川」は、長野県北部を流れる、千曲川最大の支流。全長153km。松本市北東部で奈良井川と梓川が合流して犀川となり、長野市の市街地付近で裾花川と、上杉謙信と武田信玄が川中島の戦いを繰り広げた川中島付近で千曲川と合流します=写真、wiki。

蘇軾(5句)

柔らかき万年筆や風光る

津波来し一万キロや春の雷

ご破算で願ひましては木の芽時

引き際を思案中かな山笑ふ

柳絮舞ふ蘇軾左遷の旅にあり

(り)

蘇軾

蘇軾(1036-1101)は、中国・北宋の文学者、書家、政治家。政争の渦に巻込まれ、さらに直言をはばからぬ性格もあって、しばしば左遷され、生涯の多くを地方長官で過したことで知られています。

桃の花

わけを打ち明けられてみれば
そこにあるのは箱庭の
吹きっさらし
はるかむかしに向きあった
餓鬼大将たちの古戦場
いつもみのらぬ林檎園
そんなことにも気づかなかった
ただの空

渦に巻かれてここに在るのは
子どものころの学級委員の
宿題を果たすためなのか
幹の動脈からわかれた
枯木の枝が空にはえ出して
もやもや病の血管みたいに
よるべなく
クモは巣をつくっている

吹き出物に満ちあふれた
卑小な宇宙のお椀の表層に
いつか咲いたはずの桃の花が
散らばっている
どこへ行こうと此処にあり
どこに在ろうと尽きもせず
それでも微かな彩りもとめ
ひろがってゆく

不慣れな定年退職者の
不慣れな痴ほう老人の
さして深刻でもない孤独が
ぶつかりあっている
虫眼鏡で覗きつづけていたら
サイクロンに呑み込まれたまんま
やっと遠くから望遠鏡で
眺められるような気がしてたのに

一本のかろうじての鍬で
老いた素人農夫が
耕しはじめた
春は疾うに過ぎ去った
痩せこけた畑地を
生きものの気配失せた土くれを
植えるもの未だ決めかねて
降り下ろしてゆく

(思160908)

モモ

ちょうどこの時期、淡い紅色花をつける「桃の花」=写真、wiki=。桃が咲き始める時期は中国では桃始華、日本では桃始笑と呼ばれ、それぞれ啓蟄の初候、二候にあたります。

スライダー

ここまで来れば
最後まで
ここから行けば
最初から
どこからも
いつまでも
最初に戻って
最後から
歩き疲れて
また歩く
直球疲れて
スライダー
また投げる

(じ151202)

スライダー

マウススライダーのように機械などの滑動部分をいう「スライダー」。野球では、投手が投げる変化球のうち、利き腕と反対側に水平に滑るように曲がる球のことです。

忸怩

そこまで
いかなければ
なにもみえてこない
そこがどこなのか
わからない
そこまでゆくすべが
みつからない
タテにしても
ヨコにしても
ゆすっても
ひっくりかえしても
みえてこない
忸怩たり
すすめず
もどれず
じっといきる

(じ151011)

恥じる

森友文書「改ざん」で、「忸怩たる思い」をしている財務省のお役人も多いのでは、と察しますが、漢字の「忸」も「怩」も恥じるという意味。振る舞いや行動について、恥ずかしさ、恥じ入る気持ちが起こることをいい、「残念」「悔しい」といったニュアンスはないそうです。

弥勒仏(5句)

屈伸の体操始む恋の猫

春寒や裸に近き弥勒仏

春めくや千手菩薩の手も動く

夜桜や癌病棟の窓明り

無念だと外科医は逝きぬ花灯

(古150321)

弥勒仏

「弥勒仏」は、遠い未来、慈しみにより生あるものすべてをすくう菩薩。釈迦入滅後56億7000万年ののち、兜率天(とそつてん)から地上にくだり釈迦にかわって衆生を救済する、とされます。

ひと

雲の下で想う人がいる
雲の下にその人を想うひとがいる

青空の下で恋する人がいる
青空の下にその人を恋するひとがいる

星星の下で囁く人がいる
星星に向かってその人に囁くひとがいる

(じ151205)

青空

太陽から放射され地球に到達する光の一部は大気層で散乱・吸収されて、残りは直射日光として地表に届きます。散乱・吸収された光の一部は青空光として地表面に達し、曇天の場合、雲による拡散透過や反射を経た曇天光が地表面に到達します。

若布(4句)

春めきて四方見渡して歩道橋

はるあさし思川には泪橋

潮寄せて桶にあふるる刈若布

強東風や寝顔のまんま乳母車

(岳150307)

ワカメ

古事記や万葉集にもみられる「若布(ワカメ)」は、若いほど味がよく早春が旬。若さに通じるとして「若布」という漢字があてられているとか。

生痕

途切れた記憶を縫い合わそうと
躍起になってもまた忘れ
頼れる生の紡錘体を
見失う
飛散してゆく時間
羅列にならぬ
生きている証し
戻ってこない月日
在るのか無いのか
流れされるままの痕跡

(じ150712)

生痕

「生痕」=写真、wiki=は、痕跡化石ともいわれる、生命現象、生活現象として堆積物に残されている化石。足跡、尾を引きずった跡、はった跡、穿孔、巣、巣穴、排泄物などがあります。

ぼけた頭でまなこを定め
夢破れても沈んでも
懲りずに生きて
雨 雨 雨 
雪に変われぬ
ぬるい雨
そぼ降るなかを
それでも歩く
まだ見ぬもののある幸せを
噛み締めている

(じ151125)

雨

空気中の水蒸気が昇華・凝結して雲粒になり、衝突・併合を繰り返すことで成長して「雨」ができます。雨滴のできる過程で氷晶が含まれているかどうかで「冷たい雨」「暖かい雨」の二種類があります。

面影橋



冷たい風が
白く吹き
青空に
吸い込まれてゆく
コッペパンを
かじり かじり
ちんちん電車に乗り込んでゆく

乗りあわせた
生きあわせた
ひとの
目の位置
耳のでっぱり
立って二足歩行を
はじめてから
幾ばかりかの年月を重ね
背の傾き 皺の並び

人間ってどうして
こんな顔 こんな姿かたちを
しているのだろう
生きるかたち
面影橋の
つぎは終点

(じ150428)

面影橋

いまの「面影橋」は、都電荒川線の停留場のそば、神田川に架かるどうということのない橋ですが、江戸・明治期には山吹の里の地とされる名所だったとか。この世のものではない存在が見え隠れする神秘的な雰囲気もあったのでしょう。

木綿豆腐(5句)

過ぎゆくは一番電車春疾風

水ぬるむ木綿豆腐にけづり節

童顔で逝きたる友や春の夢

麗らかやバケツに絵筆渦の色

花吹雪蹴散らしボール遊びの子

(り改170414)

木綿豆腐

豆乳の温度が約70℃に下がったところで凝固剤を加えてかきまぜ、綿布を敷き穴をたくさん開けた型箱に移して凝固させ、重石をかけて水分を切ると「木綿豆腐」ができます。絹ごしは濃いめの豆乳を穴のない型箱に入れてそのまま凝固させ、重石を用いないので表面が滑らかになるそうです。

薊(5句)

首傾ぐフラスコふたつ日は永し

春宵や市電溶け入る街明り

すがすがと風吹きぴんと立つ薊

自惚れも素飛ぶ蒲公英畑かな

言ひ過ぎにはらわた凭る夜半の春

(り160413)

アザミ

「薊」(アザミ)は、葉や総苞にトゲが多く、さわるととても痛い草の代表格。スコットランドでは、そのトゲが外敵から国土を守ったとされ、国花となっているそうです。

水たまり

しっとりと濡れた尻のでかい
道祖神のへそのまわりにへばり付いた
コナゴケが黄緑の蛍光色を放っている
にょきんと髪ふりかざしながらも
いちおうの列をなす長ネギ畑
あぜ道に戦国時代の勢力図のように
水たまりが並んでいる
さあ出来たてだ
餡子がのった草団子の山が
母屋に運ばれてゆく

(じ151102)

水たまり

水たまりのあとに残る粘土は子たちにはかっこうの遊び道具となります。とりわけ泥団子は、乾燥させるとものすごく堅くなります。

オリーブオイル

持ち金すられてリヨンの街
なけなしフランで思いきり
長いフランスパンとオレンジを
何個か買い込みすし詰めの
二等列車に乗り込んで
ピレネーを越えた
ひとかけらかじり 
ひとかけら空腹のなか
あれがこの旅の始まりだったのか
オリーブオイルをかけた青さの
かけらをかじり
幾つか仕事をかじり
居づらい家の壁をかじり
むず痒い絆をかじる
本をかじり飽きもせず
スペイン語の辞書かじり
時の流れをかじり かじり
かじられた夢かじり生きつなぎ
ちぎりちぎれたフランスパンの
端っこをかじり かじり

(じ150821)

olive-oil

食品油の多くは種子から取られるため加熱や精製などの処理が必要で植物本来の特性が失われがちですが、「オリーブオイル」は果肉からそのまま精製されるので風味や成分がナチュラルな状態で保たれます。

団子坂(5句)

遙かなるものと流氷来たりけり

グレゴリオ聖歌広ごる大枯野

夕暮や街透き徹る雪祭

冬温し猿は諸手で毛繕ひ

外套の坊ちやんぶらり団子坂

(り150306)

坂下

「団子坂」は、東京都文京区の東京地下鉄千代田線千駄木駅から西へ上る坂。地名の由来は,昔団子を売る店があったとか、団子のような石の多い坂だったなど諸説あります。

桃始笑

真空に満ちあふれた
宇宙のお椀の表層に
桃の花が散らばり
ひろがってゆく
どこへ行こうと果てしなく
どこに居ようと止めどなく
それでも彩りいろいろに
ひろがってゆく

(じ160303)

桃の花

桃始笑は、桃の花が咲き始めるという意味。もとになった中国の宣明暦では「倉庚鳴」と呼ばれ、「山里で鶯が鳴き始める」といった意味があるそうです。

雛流し(5句)

遅き日やはさみを入れるもの数多

生きざまに言葉は要らず猫柳

雛流す平安京の夜深し

仏和辞書めくりめくれて桜餅

風光る屋根裏部屋の声高し

(り160313)

流し雛
*wiki

『源氏物語』の須磨の巻には、光源氏がお祓いをした人形(形代)を船に乗せて須磨の海に流したことが記されています。

グロタンディークみたいには

もっといろいろできると思っていた
あのころ
もっといろいろしたかった
このごろ
むかしから身のタケを見つけるのが
ヘタくそだった
人生の最終コーナーは子どものころ抱いていたなかで
最もちっぽけな夢に打ち込んでみることにしようう
そして尻切れトンボでサヨナラだ
カッコウつければ孤高ってやつ
だけれど
ピレネーのふもとサン=ジロンで独り逝った
アレクサンドル・グロタンディークみたいにカッコウよくは
やっぱりいきゃしない

(じ150809)

グロ

アレクサンドル・グロタンディーク(1928-2014)=写真、wiki=は、20世紀を代表する天才数学者。後半生は、肩書や栄誉をすべて捨てて、ピレネー山脈のふもとにこもって隠遁生活を送りました。

ホメロスよ(6首)

学期末試験できずにうなされて目覚めた今日も成績次第の会社員

何思い大使館へとかけ込んだ亡命者思いハンバーガーほお張る

本当はあきらめからはじまるのが人生かあきらめかけての悟り

出勤NHK語学講座のテキストかかえ信じてみよう継続は力

人生は旅月並みにつぶやきつつどこまで行っても乗り越えられず

とりあえず四十年は生きてきたホメロスよ後はまっすぐでいいのか

(未150222)

ホメロス

古代ギリシアの二大叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』の作者といわれる叙事詩人「ホメロス」。ホメロスが実在の人物だったとしても、作品の素材、言語、韻律のほとんどは、伝承されたものに拠っているようです。

地獄まで

下り坂を降りてゆくのに
馬力はいらぬが
きっかけがなくては
ころがりはじめない
加速すればわけもなく
至りつくところまで
底まで
地獄まで
ゆける
最期のモチーフで
どこまでも

(不150125)

地獄まで

「地獄」は、サンスクリット語のナラカ narakaの訳。「那落迦 (ならか)」「奈落 (ならく)」 などと音写される、悪業によっておもむく極苦の世界。無間地獄、八大地獄、孤立して散在するとされる孤地獄、辺地獄などいろんな地獄が考えられています。

ふける

夜のなかへ
溶け込んでいった
ときは
遠くなり
あしたが懐かしい
このままであってほしく
ままのきしみがややこわく
ぎりぎりで
もうすこしどこへもよらず
なかへ
数ミリ凝縮して
ふけるなかへ

(不150112)

ふける

「ふける」には、一つの物事に熱中する、夢中になるという意味のほか、逃げる、行方をくらます、駆け落ちするといった意味で江戸時代から使われました。1970年代末から80年代にはその派生で、授業を途中抜けしてサボるという意味で若者の間で用いられました。

春一番(5句)

春一番回送列車と通り過ぐ

春一番ダンス習いにでもゆこか

卒業式幾年前か指を折り

ブランコで香りを掬う沈丁花

肩ひとつ布団ぬけ出す夜半の春

(海150128)

春の嵐

気象庁の定義では「立春から春分までの間で、日本海で低気圧が発達し、初めて南寄りの強風(秒速8m以上)が吹き、気温が上昇する現象」を「春一番」といいます。春の強風には「春疾風(はるはやて)」「春荒(しゆんこう・はるあれ)」「春嵐(はるあらし)」〉などの呼び名もあります。

干大根(5句)

心境のさかいを跨ぐそぞろ寒

輪を離れ一人で在りぬ炉の灯り

ばあちやんも母もむすめも息白し

意のままにならず巨大なくさめせり

干大根つるし終へたり鬼瓦

(り151127)

干し大根

大根を日干し、漬けて水分を減らすことで、本来の味が濃縮され、米糠の中の麹がデンプンを分解して生ずる糖分により甘味が増していきます。

雪は消えていった
雨は切れていった
風は去っていった
川はがあがあ吠えつづけ
ひともがあがあ唸ってる
鴉のようにがあがあと
声を出さずに
呼んでいる
声をあげずに
叫んでいる

(じ150911改)

大ガラス

そういえば、エドガー・アラン・ポーの「大鴉」は、「Nevermore(二度とない)」「Nevermore」と繰り返していました。

滑降

岸壁のてっぺんから
眺めおろす
直滑降の視線が
怖い
おまえは死を見ているのか
どん詰まりの先にあるもの
極限の集積点が訴えているものに
おまえは目をそらすのか

(不150109)

滑降

平昌五輪まっただ中ですが、アルペン競技で最もコースが長く、スピードも速いのが「滑降」。平均して100km/h、男子のコースでは最大150km/hにも達するそうです。

吐息

ボール
寝顔
鼻汁
吐息
どこまで
垂れてゆくのか

(不150110)

吐息

困って苦しいときに「青息吐息」というように、落胆したり、緊張がゆるんだりしたときに思わずそっと吐くのが「吐息」。「女生徒たちが顔を近づけて話しかけてくるときのあの甘い吐息」(筒井康隆『秒読み』)

唐辛子の頭

ゆっくり少しずつ原点へ近づいて
ナマの自分を見つけてゆく
唐辛子の頭を突っ込んで
生暖かいトン汁に浮かびながら
ひそめて生きている
眉も 唾も 心臓も
声も 脳味噌も 鉄仮面も

(じ141217)

唐辛子

ナス科の多年草である「唐辛子」の果実は品種によって形、大きさが異なりますが、いずれも若いうちは緑色、熟すにつれ黄色から赤色または紫黒色になります。辛いのが基本的特徴ですが、辛味のない変種もあります。

枯尾花(5句)

行きずりに触れば震ふ冬紅葉

風立ちて信濃追分枯尾花

木枯や村に分け入る宣教師

白鳥や仮の棲みかの主となり

輪を離れひとりの在処炉のありか

(り141214)

枯尾花

「枯尾花」は、枯れたすすきの穂、枯れすすき。「狐火の燃えつくばかり枯尾花」(蕪村)。『枯尾花』は、1694(元禄7)に刊行された其角編の芭蕉追善俳諧集のタイトルにもなっています。

案山子(5句)

刈り跡は案山子ひとりの暮らしぶり

路に紋沁みる頭頂初時雨

流れあり団地の谷に冬の風

毛糸玉閉じた時間を解し居り

滑落の時一瞬に固まれり

(海141230)

かかし

「案山子(かかし)」は、悪臭を発して鳥獣を追う「嗅(か)がし」、あるいは「鹿驚(かがせ)」が語源とされていて、「ソメ」「シメ」と呼ぶ地方もあります。

振れ

浮きたてば
軸心を離れ 流れ
加速する。
時はいつも揺れている。
灯れば 広がり
眩しくなれば
閉ざす。
心はきっと戻ってくる。
きっと
(もとへと)
信じているからか
信ぜずにいられぬからか。
押さえつければとどまらず
振幅が増せば
過去へと
集積していく。

(恐150129)

振れ

「振れ」には、正しい方角からはずれる、一方にかたよる、といったマイナスのニュアンスもありますが、何かの“気づき”にはたいてい心の「振れ」があるもの。それに、バットが「振れ」ているときは、ホームランも出やすくなります。

風呂吹(5句)

原稿の文字敷き詰めし霜夜かな

風呂吹や妻に告げたき事あれど

大寒や悪夢の朝の目玉焼

テオルボの通奏低音牡丹雪

生垣の此方と其方寒椿

(り)

Furofukidaikon001

大根をゆでてユズみそなどをかけて食べる「風呂吹」。むかし浴客の垢をこすって落とす人を風呂吹といい、その様子が熱い大根をふうふう吹いて食べる姿に似ていたためこう呼ばれるようになったとの説もあるそうです。

仁王門(5句)

冬ざれや白身の深さ茹で卵

ほどほどの歯応よろし雑煮餅

風花や筋隆隆と仁王門

何気無き言葉に出会ふ懐手

下ろし立て軍手で雪を掻き始む

(り150216)


仁王門

「仁王門」は、寺院を守る金剛力士(仁王)を安置した門。門の左右にヤクシャ (夜叉) を配すること仏教文典に記され、奈良時代から日本でも盛んに行われました。

水に浸かった二対の脚は
ただ
そのまま
支え
ただ
そのまま
でなければならず
ただ
そのまま
つないで
いつまでもそのまま
のために
じっと据えて
流されず
流れず
そこに
踏ん張っている

(不141209)

セゴビア水道橋

古代ローマ人は石造アーチ式の「橋」をつくり、ローマ郊外のアッピア水道橋(前300ころ)、スペインのセゴビア水道橋、ニームのガール橋(前63~前13)など、ローマ帝国の勢力の及ぶ各地に巨大な建造物を残しました。