Palabra

日々「言葉」をひろっています

落語

なめらかにたたみ
まるめこんで
おちてくる
雪をまきことば
はきあげながら
ぐさりとはまって
ことばのわだち
声まきあがり
みかげをみがき
さそってすくい
ふきあげて
まろみこぼれて
舌のつけねの
つけねのさきを
はねのけ化けて
生きたことばの落花生
死んだことばは滝のぼる
まるめろトレモロたたみこみ
そこのけそこのけ
車輪はまわる

(じ160104)

落語

元禄期、露の五郎兵衛が京の辻で軽口頓作を行なったのを「辻噺(つじばなし)」といい、これを行った「噺家」が落語家の始まりとされます。話の終りに、さげ、落ちがあるので「落し咄 (ばなし) 」とも呼ばれるようになり、明治に入って「落語(らくご)」と音読されるようになりました。 

原付

悪鬼に責められて
目が覚めた
アンタが死んだ夢を見たと
連れ合いはいう
なぜか婆ちゃんの原付バイクに
乗って転んで跳ね飛ばされて
――逝ったらどうするんだ?
そのときはそのとき
夢は夢だし明日は明日

(じ151211)

原付

「原付」すなわち原動機付自転車はもともと、自転車に小型のガソリンエンジンを取り付けたモペッド。当初は自転車と同じ軽車両扱いで免許は不要でしたが、1952年に14歳以上を対象とする許可制となり、1960年の道交法施行で16歳以上を対象とする免許制になりました。

しょうゆラーメン(6首)

どこからか何を揃える大掃除そこにあるのはぼくの混沌

ひさびさの夕焼け小焼けにレストラン華屋与兵衛でオムライス食う

まっすぐにゆけばそれだけショークラブ・リップスのまえで悟りひらける

不惑まであと一年の元旦は味濃いしょうゆラーメンにする

人生の並び替えには本棚にことしも早々二冊くわえる

フロッピー一枚分におさまるよぼくの人生妻に説きおく

(人1999年1月、150101)

ラーメン

チャーシューやメンマが載っかったしょうゆラーメンは、1910(明治43)年に浅草の『來々軒』で出された東京ラーメンが発祥、とされるそうです。 

ネクタイ

いつからかネクタイを
締めなくなっていた
どうしてこんなことに
気づかなかったのかって
締めるのやめたんだ
ネクタイ締めて
老いてきた
ひさしぶり
喪服にネクタイ
きゅうきゅう締めた

(じ160128)

ネクタイ

「ネクタイ」は、ルイ14世に仕えるためパリに来たクロアチアの軽騎兵隊の将兵が首に巻いた色鮮かなスカーフから、ネクタイを意味するフランス語 cravateが起ったとか。 

みち

どっちみち
こっちみち
あっちみち
そっとみち
やっとみち
ぢっとみち
ぞっとみち
ほっとみち
よってみち
そってみち
だってみち

(じ150717)

みち

「みち」と読む言葉には、「道」「未知」「満ち」「蜜(みち)」などいろいろあります。

提灯ぬぎ

ばさっと提灯を
たたむように
ズボンも
スカートも
ずどんと降ろして
提灯ぬぎで
一日をおえる。
できることなら
ついでに
肋骨も腰骨も
ばさっ もろもろの
脂肪ごと降ろし
灯を消して
いらないもの
みんな通し終えて
赤い雷門も
ちっちゃい命も
ちゃんと
折りたたんで
おやすみなさい

(じ151021)

雷門

「提灯ぬぎ」という正式な言葉があるわけではないのでしょうが、ズボンなどを提灯を畳むように脱いだ形容に何となくそう呼びたくなります。 

落花生

下弦の月の皿に
真空を盛る
雪が雨にならず
真空に消えてゆく
会うことできなくなった
顔が皿に浮かんでいる
こっちじゃテロで
火山噴火で
また逝ったよ
腹をかためて
ぽりっと
また落花生を
割ってるよ

(じ160115)

落花生

南アメリカ大陸原産の「落花生」には、地豆、唐人豆、異人豆、だっきしょ、ドーハッセン、ローハッセンなどいろんな呼びかたがります。 

呪文

自分の中にいる心地よさにまどろみ
外に出なくてはならぬ苦痛に喘いでいる。
地球に縛りつけられているわたしは
慣性のまま。
じたばたしてなにになる
といいきかせてみる。
(わたしなりの悟り)
時は可付番無限数列の呪文
どこまで数えていけるのか。

(恐150131)

ちちんぷいぷい

よく使われる呪文「ちちんぷいぷい」は、古くは「ちちんぷいぷい御代(ごよ)の御宝(おんんたから」と唱えたとか。その語源は「知仁武勇(ちじんぶゆう)御代の御宝」という説もあるそうです。 

非常食

食ってきたもの
食われずきたもの
冷凍庫に
入り浸っていた
ものたち
エビフライに水餃子
酢だこにマリネに中華丼
大むかしの食い残り
食いかけ非常食
思い出してチンして
解かし食べる
まだ食える
また食えた
日脚は伸びて
まだ行ける

(じ160222)

非常食

「楽天」の非常食ランキングNO.1は、5年保存の非常食「防災用品を7日分38種類50品をセットにした心も満たす7日間満足セット」13,600円だそうです。 

雪だるま(5句)

息の白確かめながら一歩二歩

行く手にはいつものおでん屋台もなし

女学生ページをめくる毛手袋

きのうきょう間に生まる雪だるま

豆腐汁腹におさまる温かさ

(海150121)

雪だるま

坂から雪玉を転がすと、加速してどんどん雪がついて直径が大きくなります。まさに、「借金」などに用いられる「雪だるま式に増える」です。 

わずかな視力で見つめる
そこの 穴 
そこしか見えないから
そこだけを見る
そこだけを見るから
前に進める
そこだけを見て進むから
生きてゆける

(じ150728)

穴

「穴」は、江戸中期以降の流行語で、軽々には人の気づかない世相風俗の現象や人の癖や欠点を指すこともあります。“あな”を指摘した描写や表現を“うがち”と称します。 

日脚(5句)

灯台やいま流氷は接岸す

雪を踏む音や交番赤洋灯

冬ざれや白身の厚き茹で玉子

声寄せて伸びる日脚や通学路

春雨や魔女の一撃妻眠る

(り170213)

日脚

「日脚」は、太陽が空を移り行く動きや日の出から日没までの長さのことをいいます。日脚伸ぶは太陽が空を移動する足が伸びたように感じられるさま。

大寒

太鼓が響く
締まった太鼓が響きわたる
地下に潜っていた地下鉄の電車が
地上に顔を出したとたんの空気に
太鼓が響いてゆく
レールのうえをきーんと
つたわってゆく
架線をびりびり
ひっかいてゆく
死んでいた生き物たちが
窮屈な都会の隙間から
気配をうかがっている

(じ160121)

寒い

「大寒」は、二十四節気の一つで、1月20日ごろ。寒さが一年のうちで最も厳しいとされます。「大寒といふ壁に突きあたりたる」(万太郎) 

いつか芽を吹くと
楽しみに生き
いつか花ひらくと
楽しみを老いる
いつか旅に出て
いつも旅にある
ちょっと旅を識り
いつしか旅を想う

(じ151019)

旅

旅は「給(た)べ」の転訛。他人に食を求めるという原義に発するそうです。 

地球ゴマ

やっとそこまでやったのに
またトンズラかい
せっかくそこまで登ったのに
また降りてきちまって
生きるはざまを
にげまどっている
どこまでも行きの逃亡者
たぶん地球に果てなんて
ありゃしないから
まわりつづけてるだけなんだろう
地球ゴマみたいに
ひょんと乗っかって
追っかけまわされて

(じ151108)

地球コマ

回転軸と円盤の周囲を金属製の保護枠で覆っている「地球ゴマ」。回転する円盤と軸が分かれているため、軸を傾けたり綱渡りさせたりといったことが容易にできました。 

しまり雪ざらめ雪

鈍重に時間を刻む
土蔵の壁に
しゃらしゃらと
しまり雪ざらめ雪
灯をともして
いるのだろうか
あたりまえのように
内蔵したまま
漏れて来ぬ
ざらめ雪しまり雪
沈黙の重心
植え込んだまま
消えかかった
土壁の家紋
乾き雪
いつにか
風花

(じ160130)

しまり雪

「しまり雪」は、上に積もる雪の重みなどによって固くしまった丸みのある氷の粒からなり、「ざらめ雪」=写真=は水を含んで粗大化した丸い氷の粒や、水を含んだ雪が再凍結した大きな丸い粒が連なったものをいいます。 

独我論(6首)

両手をひろげつかみにかかる とどくまでの時間にたじろぐ

抜け出して大人になったはずのソコに懐かしい独我論の空洞

たたき崩し奪いたかった「確信」つかまぬままなのにいつか

いき遅れたたいて渡る石橋の向こうにはだし抜けの未来

捨て去るつもりなく捨て去った人生いきるのもまた人生か

言葉の味付けが溶けはじめたからもう一度書きはじめる

(未2002.1)

独我論

リンゴが存在するのは私が認識しているときだけで、認識しなくなればリンゴも無くなる。このように「独我論」では、すべては私の意識の中にのみ存在すると考えます。 

はずみ

生きたはずみ
死んだはずみ
生きているはずみ

死んでしまったはずみ
水虫になったはずみ
癌になったはずみ

失職したはずみ
手にしてしまったはずみ
零れていったはずみ

車にあたったはずみ
黒海でおぼれたはずみ
砂漠に降り立ったはずみ

木偶坊と呼ばれたはずみ
出来物のできないはずみ
川に流れてしまったはずみ

たまたま刺されたはずみ
生き恥さらしたはずみ
溺れかかったはずみ

執着しつくしたはずみ
横断歩道を渡ったはずみ
違法駐車のはずみ

エレベーターが止まったはずみ
貝柱にぶっつかったはずみ
波がやってきたはずみ

(じ150922)

はずみ

「はずみ」には、金品を奮発することの意味もあります。「遣らいでも能(え)い所(とこ)へ遣るのぢゃさかい、はずみぢゃ」(『浮世風呂』) 

あみだくじ

きょうが終われば
あみだくじ
あしたが来ても
あみだくじ
どっちみち
なんていわずに
あみだくじ
ねらい定めて
あみだくじ
一発勝負
あみだくじ
問答無用
あみだくじ

(じ150731)

あみだ

もともと、紙に人数分の放射状の線を書き、対象となるものを一端に書いてこれを隠す。各人が別の端を引いてこれを引き当てる「あみだくじ(阿弥陀籤)」。放射状の図形が阿弥陀像の光背に似ているので、こう呼ばれるようになったそうです。 

半寿(5句)

本年もまずは左手初手水

母半寿霰撥ね除け徘徊す

悴む手成らぬ想ひにしがみつき

松下しごみの曜日のごみの山

壁土の零れる蔵や雪起し

(り)

碁盤

「八」「十」「一」を組み合わせると「半」という字になることから81歳を半寿といいます。将棋盤の目が「9×9=81目」なので盤寿という別名もあるそうです。

老子

もうそういうの超えて
眺めていられるところへ
来ているじゃあないか
駒ヶ岳の頂は雲のうえ
伊那谷の老子のように
求めず 自在に
居ればいい
在ればいい

(じ150730)

老子

「上善は水のごとし。水は善く万物を利してあらそわず、衆人のにくむところにおる、ゆえに道にちかし」 

蓄音

寒空に雲のバーコード
つながりそうでまた
解け出してゆく
懐かしいなあ
アナログ蓄音機の
らっぱっぱ
いつの間にか犀川も
デジタルの帯だもの
それぢゃ竜の餌食ってもんさ
48色いろえんぴつも
煤けたほうしか減っていきはしない

犀の川が月を浮かべて流れてゆく
川べりの枯葉擦れざわめき
待つものない家路急ぐ

(じ150930)

蓄音機

1877年にエジソンが発明した「蓄音機」は、錫箔を張った銅製の円筒を手で回転させてホーンの根もとについた針で音を記録。振動板と針を代えてこの音を再生したそうです。 

カラス

風は去っていった
雨は切れていった
川はがあがあ吠えつづけ
ひともがあがあ息をしている
カラスのようにがあがあと
のども枯れ果て
呼んでいる
呼んでいる

(じ150911)

烏

「カラス」は山の神の使い。関東平野では正月11日、カラスに餅を投げ付ける「烏勧請」、岩手の遠野では15日に小さく切った餅を枡に入れてカラスに投げ与える「烏よばり」という行事があります。 

女神

太いカイナ(腕)が
左差しを許して
スカイツリーのLEDの灯が
ひきづり降ろされた
自由の女神が
闇の中で鼓動をはじめた
何もぶらさげられず
何もぶらさがらず
あるいている
老いてゆく

(じ150921)

女神

ニューヨーク港内リバティー島にある「自由の女神」は、米国の独立100周年を記念してフランス国民が贈呈したもので、1886年に落成。右手にたいまつ、左手に独立宣言書を持ち、台を含めると93メートルに達します。 

ドン・キホーテ(5首)

去年今年棒なぞ見えず在りもせず鳴いて飛ぶのは雁の宿命

とどまって居たくないだけ進化論しんじて渡るふりして渡る

いつからか俺を殺すという使命潰えし妻と餅を頬張る

人生に途中下車なし鈍行で故郷にかえる路も途絶える

今年こそドン・キホーテにならんぞと死ぬるときだけ正気ならよし

(人141231)

キホーテ

セルバンテスの『ドン・キホーテ』(前編1605、後編15年刊)は、騎士道物語のパロディーとして意図されましたが、理想と現実、詩的真実と歴史的真実を代表する2つの不朽の人物像をつくり上げ、世界文学史上の傑作と位置づけられるようになりました。 

めぐりん

浅草で循環バス「めぐりん」に乗ったら
隣りのお母さんの膝にのっかった
一歳七カ月だという男の子から
握手をもとめられた
あどけない顔つき
マカロニのような指のたばは
意外に冷たかった

渋滞つづきのバスを降りると
陽は暮れかけていた
コインランドリーがまわっている
営業をはじめたカラオケ屋から
かすかに光がもれ出してくる
ひとは薄い闇からぬっと
あらわれまた消え入らぬまま
姿を消してゆく
白雲の群れのあわいに
薄星がひとつ浮かんでいた

めぐりん

台東区循環バス「めぐりん」は、区内を循環するコミュニテイバス。「北めぐりん」「南めぐりん」「東西めぐりん」「ぐるーりめぐりん」の4路線、全線共通100円で運行しています。

カント(5句)

大北風尻で蹴散らす道祖神

繭玉や餓鬼大将も知りし恋

外套のカント時計を気に掛けり

我が事の如く語らふ藁仕事

大寒の奏づる音に耳寄せり

(り160112)

カント

自然科学的認識の確実さを求めて認識の本性と限界を記す批判哲学を創始したイマヌエル・カント(1724-1804)は、青く小さな、でも輝く瞳をもった小柄な人物だったとか。時間に正確なので、散歩で見かけたカントの姿を見て時計の狂いを直したという有名なエピソードもあります。 

知ったかぶり

ぼさりぼさりと
ぼたん雪
ぼやきぼやいて
バスの窓
おむすび山が
ぼんやりと
道いそがねばの
わけはなし
ぽさりぽさりと
知らぬ道
口に出さずに
歩み入る
知ったかぶりを
脱ぎ捨てたくて
ことしこそはと

(じ150924)

おむすび

香川県の丸亀市と坂出市の境、讃岐平野にそびえる飯野山(422m)=写真=は、讃岐富士さらには「おむすび山」として親しまれているとか。 

宇宙塵

脱力した宇宙の隅っこで
シンデレラが掃除屋をはじめた
時間に取り残された舞踏会の
しりぬぐい
記憶と感覚にへばり付いた
宇宙塵が
散乱しはじめている
ただ在るというだけの
時空の底から
竜の眼玉のありかを探って
雑巾を掛ける

(じ151023)

塵

「宇宙塵」は、宇宙空間に散在する微粒物質。大きさはふつう10ミクロン以下。恒星間にあるものは低温度の巨星の大気、新星や超新星の放出ガスの中でつくられ、その雲は暗黒星雲として観測されます。太陽系内では、彗星の分解で生成されたり、流星として現われたりします。 

新春(5句)

犀川も戸隠山も寒靄

除夜の坂呆けし母と長命寺

禿頭に香煙浴びて初詣

去年今年つり橋ゆられゆらしつつ

手すき紙の背筋すっきり筆はじめ

(り170113改)

新春

長野市にある「戸隠山」は、海抜1904メートル。全山が凝灰岩質集塊岩からなり、のこぎり状の崖が連なっています。古来、山伏の修験道場として知られています。 

手水

一身上の都合で
歩き出していた
不埒な輩が
凛々しい一葉の
石像のある
小さな神社の
鳥居をくぐり
手水舎にて洗心
二拝二拍手
一拝 一葉の鋭い眼
気にしながら
ふっと呟いている

手水

近年の私の初詣は、『たけくらべ』誕生の地、龍泉寺町にある千束稲荷神社。真新しいキリリとした樋口一葉の像があります。 

元日

一ミリ幅のボールペンの線を
引きはじめる
ことしはちょっと太く
書きはじめる
朝からうしろに
煙が立っているから
御影石の橋を渡り
照り返る夕暮れの伽藍を
ゆるり横切り
心の劈開面を
一めくり
戸隠山の地主神
九頭龍権現
川ながれ立つ小波
犬でも連れて
そのままゆけば
それでいい

(じ160101)

権現

「九頭龍権現」=写真=は、九つの頭を持つ大蛇。ヤマトタケルが退治しようとしたものの、見つからずに疲れて居眠りを始めてしまいます。そこへ九頭龍が現われ、ヤマトタケルを一呑みにしてしまったとか。初詣の浅草寺で見かけました。 

大晦

ベンチのない公園で
座る場所を探している
降りるだけのバス
乗せたばかりの人力車
床屋の回転灯が
神の一撃で
灯を落とす
賽は投げられたまま
年をまた越える
離合集散ひと犬くるま
散らばったままの
言葉の切れ端が
時間の電線にひっかかっている
ちぎり取りつなぎ合わせて
得るものも失せるものも
憤りなく吐き捨てられ
むしり取れない
切り取り線だけが
鮮明な痕跡をとどめている

(じ151231)

晦日

晦(つごもり)は、月が隠れる日、すなわち月隠(つきごもり)が訛ったもので毎月の末日を指します。1年の最後の特別な末日を表すために、末日を表す「大」を付けて「大晦(おおつごもり)」あるいは大晦日と言うそうです。 

仙人

空気が尖がっている
そうだ 生きてるって
酸化還元脱臭反応
馬のうえかららっきょう摘んで
雲をまたいで飛んでった
御嶽乗鞍駒ヶ岳
そこまで登れば
そこから行ける
何も語らず
霞を喰らい
息もしないで
そこにある

(じ151209)

仙人

人間でありながら永遠の生命を獲得し、長生不死をとげるとされる「仙人」。「仙」という文字は本来、舞う様子や上昇を意味する「僊」です。天空に舞いあがるイメージがともないます。 

いつか芽を吹くと
楽しみを生き
いつか花ひらくと
楽しみに老いる
いつか旅に出て
いつも旅にある
ちょっと旅を識り
いつしか旅を想う

(じ151019)

旅

旅は「給(た)べ」の転訛で、他人に食を求める原義に発するといわれます。むかしは辛苦に満ちて、修行に身を砕く者だけのやることと思われていたのです。 

昇ってゆくときゃ
凧あげみたいに
風に揺られ
踏ん張って
風に乗ったら
押し戻されて
力んでみたら
逆さまで
乗っているのか
乗っかられてか
知らず知らずに
糸たぐられて
降りたくなっても
なりゆくままに
あっ
落っこちちゃった
ぷっつり
糸きれたんか

(じ151013)

糸

糸には適度の撚りが必要です。撚りは右撚りと左撚りに分けられますが、日本では右撚りが弥生時代からの特徴でしたが、近代的機械紡績では左撚りのものが多くなってます。

バトン

つなごうと走ってゆく
断ち切ろうとぶちかます
言葉のシグナル
心のバウンド
音のドリブル
光のバトン
パスは途切れたのか
まだ連なるか
まだ走れるのか
まだ生きているのか

(じ151120)

バトン

陸上のリレー競走で走者が手渡していく「バトン」は、継ぎ目のない木製か金属製の管で、長さ280~300mm、重さ50g以上とった規制があるそうです。 

かんむり

あなかんむりの空に窓
あめかんむりに雲や雪
うかんむりの家には室
おいかんむりの者は老
おおいかんむり覇に覆
くさかんむりの花や草
だいかんむりは奮に奪
たけかんむりで算と答
はつがしらは登り発つ

かむっていた冠の結び
ほどき始めるときかな

(じ160210)

冠

漢字の「偏」」「旁(つくり)」「冠(かんむり)」「脚(あし)」、漢字の4種の構成部分を併せて偏旁冠脚(へんぼうかんきゃく)というそうです。 

山眠る

吊橋に吊られて
山が眠っている
彩が覆い雪が舞って
山は眠っている
クリスマスソングが巷を覆っても
山は眠っている
生きるにはもう時間があるから
山は眠ったまま
死ぬにはまだ時間がないから
山は眠ったまま

(じ151216)

山眠る

山眠るは「臥遊録」の「冬山惨淡として眠るが如し」から、冬の山の静まり返ったようすをいいます。

クリスマスイブ

土蔵の壁に
へばり付いた
七色の電飾が
それでもと
聖夜を主張して
点滅している
月に黒雲の輪が
巻きついて
離れない
病床六尺
それでもまだ
居る

(じ151224)

クリスマス

イエス・キリストの生誕日がいつだったかは正確には分らないそうで、西欧各地で行われていた冬至祭を取り入れてこの日になったとか。 

雪あられ

てんぷらを揚げる音がして
雪あられが落ちてきた
ぱらぱらと歯切れよく
水と油の化かし合い
離れちまえば
ドーってことない
ふっきれそうな
気になった

(じ160129)

あられ

「雪あられ」は、白色か半透明な直径2~5mmの氷粒で、気温があまり低くないとき雪片や雨滴と一緒に降ります。堅い地面にあたるとはずんでは割れて、容易につぶれます。 

老い

ひとりでだらり
暮らしてた
ひとりで悲しみ
噛みしめた

ふたりの喜び
忘れてた
ふたりの心細さ
見つめはじめた

(じ151212)

老い

「孤独なとき、人間はまことの自分自身を感じる」(トルストイ) 

たまり

雪だまり
霙だまり
雨だまり
シャーヴェットに
サクサクの
足跡
大石良雄
踏んでいった
生きざまの
たまり

(じ160118)

大石

「大石良雄」の辞世の句は、良く知られた「あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし」のほか「極楽の道はひとすぢ君ともに阿弥陀をそへて四十八人」だとも言われているそうです。

宿り

寒気に
細胞が収縮してゆく
だからってわけでなく
暖炉の風が流れてゆく
冷めた心でも
頼って
夢破れても流れる
ものがある
たてがみを立てて
宿っている
ものがある

(じ151217)

暖炉

「宿り」は、住みかとすること。「花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行きてうらみむ」(『古今集』巻第二、春歌下 ) 

時間に乗って
ここへ来た
空間を泳いで
そこへ行った
時間が始まってから
ここに生きてる
空間ができてから
そこに死んでいる
胎内にいたときから
時間と空間を跨いで
風は吹いていたんだ

(じ151210)

風神

江戸の奇談集『絵本百物語』では、風の神=写真、wiki=は邪気のことで、風に乗って彷徨い、物のあいだや暖かさと寒さの隙間を狙って入り込み、人を見れば口から黄色い息を吹きかけ、その息を浴びたものは病気になってしまうとされているそうです。 

だって

だってもう
そんな年じゃないっ
たってやってみたって
いいんじゃない
だってもうそんなんじゃ
だめだったってかってに
生きてみていたって
いいんじゃん
そんなもんだって
いったって
やってみんとわからん
じゃん

(じ151220)

だって

「だって」について大辞林には、過去・完了の助動詞「た」に助詞「とて」の付いた「たとて」の転。近世江戸語以降の語。撥音便の語の後では「だって」となる。くだけた話し言葉に用いる、とあります。 

冬眠

故郷へもどって芋を掘る
故郷へもどって月を見る
故郷へもどってもう居ない
親父と一杯やりながら
喧嘩わかれの日をおもう
生きてるときも
死んでる日々も
時間ながれるばかりでも
穴にじっと丸まって
冬眠に生きる熊でいる

(じ151024)

冬眠

クマは、過食して体内に貯めた脂肪をエネルギー源に「冬眠」=写真、wiki=中、摂食、糞、尿は一切しないそうです。寒さに耐える恐るべき生理機構を内蔵しているものです。 

グード図法

かきかじり
でこぼこに果肉
歯のかたち
みかんむき
グード図法の
世界地図
りんごの皮を
むいてゆく
いつまでも
とぎれないように
いつまでも
ほどけないように

(じ151111)

グード

「グード図法」=写真、wiki=は、緯度40度44分を境に、低緯度地帯をサンソン、高緯度地帯をモルワイデ図法で描いて合成した正積図法。ひずみ是正のため海洋部分に断裂を入っています。1923年に米国のJ.P.Goodeが考案しました。 

討ち入り

志って言葉を
知った日があった
きゅっと前を見て
ちょっぴり高まるもの
感じていたはずだった
志なかばで死んだ
友がうまれ
志なかばを生きて
きたのだろうか
と思った
そば屋で一杯やったら
そう 討ち入りだ

(じ151214)

討ち入り

討ち入りのとき裏門の大将をつとめた大石内蔵助の嫡男、主税良金の辞世は「あふ時はかたりつくすとおもへども別れとなればのこる言の葉」。享年16でした。 

師走空(5句)

天井は雲の底なり枯野原

爽快な孤独は愉し冬星座

万国旗そ知らぬ顔や師走空

向き合ひてほうけし妻夫咳こぼす

年暮るる老母入れ歯を探しをり

(り1803)

師走

「師走」の語源については、師(僧)が読経などの仏事を行うため忙しく走り回るから、という平安時代からの説(「色葉字類抄」)がありますが、これは必ずしも言語学的に根拠があるものではないようです。当時はすでに語源ははっきりしていなかったことになります。