息の絶える前の吹雪の夜
肩書きを捨てて
地下をアジトにするオーケストラに加わった。
摩耗する近未来に向かって
ギターを弾く。
ほんとは独りで無伴奏シャコンヌを
かき鳴らしたいのだけれど
ここでは音の破片はいつでも
拾い集められ回収されて
いつのまにか指揮者の見えない
オーケストラに
はめこまれている。
もしもクオークやレプトンを
とてつもない根気で拾い
集めていったのなら
ぼくはできるのか。
数兆億の塩基対をつなぎ合わせていったなら
ぼくのからだなのか。
それなりの言葉を連ね合わせていったなら
それは詩なのか。
もとめたってうまれ出ず 言葉が
過去の散弾のあとでしかないのなら
人生は棒にふるしか
ないってことなのか。
ナタデココを食いながら
南極の氷の部屋で越冬する意味が
どこにあるのか。

蛇の皮をしゃぶって
ぼくは育ち
猪肉のすき焼きを食いながら大人になった。
大気圏に降りそそぐ
宇宙線シャワーを逃れて中年になり
ロースカツ弁当を食っては
仕事をしている。
開きまくったパソコンのファイルを
画面の「ゴミ箱」に捨てさると
今日は終わる。こんなぼくのなかでも
核は分裂している。
細胞内にできた微小管が
放射状に伸びていって紡錘形の糸巻きになった
かとおもうと染色体は両極に
引き裂かれる。
カット7とかいうタンパクが微小管上を
モノレールカーのように往復して染色体を
引き裂き押しやりばらばらに
分裂分裂分裂
を続けた細胞のにぎりめし
であるぼくのからだはたわごとの細胞分裂で生まれた
孤独の原子核を寄せ集めたにぎりめし
でもあるはずでどっちにしても
ころころっとにぎりめし
果てにはいずれ時空の歪み
ブラックホールにでも
吸い込まれるだけなのか。
シャコンヌの四次元の重奏に
引かれて。

(じ150826)

シャコンヌ